いほん ももたろう こうていしつ

桃流し

これは、ゲームの体裁をとった校訂作業です。あなたは民俗資料整理室の担当者として、ある村から奉納された写本《桃太郎》を読み、本文を確定していきます。

誰もが知る筋書きは、一字も書き換えません。あなたが決めるのは、物語の結末ではありません。同じ一文を、どう読むか──ただ、それだけです。

けれど、読み方を選び終えたとき。めでたい話は、最初からそう読めたという顔をして、別の貌(かお)であなたを見ています。

引継書 ── 前任者《N》より。「底本は××村××家奉納の写。校訂は途中。第七段の結句を、私はまだ書き写していない。後任へ。もし読んでいるなら ──」(以下、欠)

桃流し / 異本桃太郎 校訂室

資料番号 MMT-01 ・ 担当:あなた(後任)

校訂後記 ── この本文について(種明かし)

この校訂で、本文は一字も書き換えていません。あなたが「黄泉(よみ)の読み」を選んだ箇所も、原典《桃太郎》の語そのままです。怖いのは、誰かが付け足した嘘ではなく、最初からそう読めたという事実のほうです。

  • =『古事記』でイザナギが黄泉の追っ手に投げつけ、退けた果実。桃は古来、生と死の境を遮る物。川上から流れ下る桃とは、境の向こうから差し向けられた物、と読める。
  • 鬼(おに)=古語の「隠(おぬ)」が語源とされ、姿を隠した者=先に逝った者を指しうる。角は異族・罪人の徴。
  • 犬・猿・雉=戌・申・酉。いずれも鬼門(丑寅)の真向かいを守る方角の獣。「鬼を退ける一行」は方角の理にかなう。
  • きびだんご=黍は神・死者への手向けの穀。腰の団子は弁当でなく供物とも読める。
  • めでたしめでたし=語り終えて「箱を閉じ」、聞いた者に忘れさせる結句(呪)として機能する、という民俗的読み。

つまり「子のない夫婦・川上の桃・みるみる育つ子・団子で従えた供回り・島の征服・持ち帰った財宝・幸せな結び」という誰もが知る筋書きは、まるごと保たれたまま、別の物語に合流します。あなたが選んだ読みの濃さで、合流する先が変わっただけです。